06 | 2010/07 | 08

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大河ドラマ 『龍馬伝』 第29回 レビュー 

大河ドラマ 『龍馬伝』 第29回 「新天地、長崎」を観ましたー☆


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ちょっと中華街ぽっい感じではありましたが、幕末当時の長崎の街並みを再現したかの様な舞台美術…私的に良いなと感じました。脚本の方も、ステレオタイプ的なドラマツルギーで、ソレに追従するかの様な演出と、何ともドラマチックで…やはりトレンディドラマとしては秀逸だと感じました。

けれども…歴史ドラマとして観ると、、、もう大混乱しちゃう内容でした。。。 まず、薩摩藩には頼らず、長崎で独自の行動を起こす坂本龍馬たち。。。 今回は船を確保する為に色々な人物と会っていましたが…史実では、薩摩藩に半年ほど滞在後の1865年7月(前回、武市半平太に会いに行っている時点で、1865年に関して『龍馬伝』は史実・歴史との整合性は取れていないのですが…)に、素直に薩摩藩の援助で亀山社中(龍馬たちが設立する施設軍隊&貿易会社)を設立するのですが(もちろん船も薩摩藩が提供しています)、、、。

更には『龍馬伝』では、グラバー(史実では、グラバーとは、亀山社中設立後に初接触し取引を開始するのですが…)に援助を頼んだり…偶然に、高杉晋作と出会っていますが(史実の晋作は、1865年3月頃に、海外渡航を目指し、グラバーと接触はしていますが…今回の1865年7年が舞台と推測される『龍馬伝』)、史実と照らし合わせると…晋作は、1865年7月の時点では、下関開港を巡り、攘夷・俗論派に命を狙われ、桂小五郎を頼り、長州に帰郷し身を潜めている筈なのですが。。。あと、今回の『龍馬伝』で、初接触を果たした龍馬と晋作でしたが…史実だと、この二人は 1862年 脱藩後 龍馬が千葉道場に寄宿した期間に初接触し、交流している筈なのですが。。。

それから、亀山社中のスポンサーとなる商人の小曽根乾堂(こそねけんどう)…『龍馬伝』では、やたらと西郷吉之助を贔屓(ひいき)にしていましたが、この人物 史実では、勝海舟の愛人(長崎在住)が子供を産んだ時に、その世話をしている程に、勝海舟との関係が深かった人物なので…その縁から龍馬とも親交があった筈なのですが。。。

あと、グラバーが、同郷のイギリス商人(ウィリアム・オールトって実在の人物なのでしょうか)に、イギリスの日本征服計画を語っていましたが…これは史実・歴史として記録に残っているモノなのでしょうか。幕末期 生麦事件(1862年)、イギリス公使館焼き討ち事件(1862年)、薩英戦争(1863年)、下関戦争(1864年)など、日本とイギリスの間では事件はありましたが、それ以外にもイギリスは、日本人の留学を数多く受け入れたりなどもしており…『龍馬伝』で語られたイギリスの日本征服計画、、、私的には創作の匂いがプンプンとしているのですが…ちょっと初耳だったモノで、コレに関しては おいら 史実なのか、ドラマの創作なのか判断が出来ず、その有無がとても気になっています。自分でも調べるつもりなのですが…どなたか、幕末期に於けるイギリスの日本征服計画の有無をご存じの方がいらっしゃれば是非とも ご教授頂ければと思います。宜しくお願い致します(u_u)

さて、『龍馬伝』の第3部がスタートしました…おいら 今回からトレンディドラマ主体として観るつもりだったのですが…あまりに史実・歴史に対する曲解がすごいので…ソコがとても気になってしまい私的にノッケから大混乱してしまう回となりました(苦笑) ドラマですので、もちろん創作はあって良いと思うのですが…一応 大河ドラマは、歴史ドラマのテイストをとっている筈なのですから…史実・歴史を曲解しての創作ではなく、史実・歴史を実直に踏まえ、捉え、ソコから派生する様な形の創作にしてもらえないだろうかと…今回を観てシミジミ感じてしまいました。うむむ、これは もっと もっと もっと もっと もっと思考を柔軟にしなければ『龍馬伝』を楽しめなくなっちゃいますよね(爆) 次回 「龍馬の秘策」は、初心に戻り 脚本ではなく、演出・舞台美術・照明・SE(効果音)に注目して観てみようと思います(o^―^o)






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