09 | 2017/10 | 11

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

アニメ 『空中ブランコ』 第10話 レビュー 

アニメ『空中ブランコ』 第10話 「オーナー」を観ました。


Amazonにて、主題歌CDの詳細確認が出来ます




~ アニメ 『空中ブランコ』 第10話 「オーナー」ストーリー ~

歯に衣着せぬ発言で有名な新聞社会長兼プロ野球球団オーナー、
ナベマンこと田辺満雄。

彼は光と闇に反応して発作を起こすパニック障害を患っていた。

伊良部は、満雄に
「闇は棺桶の象徴、光は天国の象徴」で、死への恐怖がパニック障害の原因と言う。

光を避けたい満雄に記者達は政界と、
スワローズの三塁手 坂東の悪送球に関するコメントを聞き出そうとフラッシュを浴びせていく…
誰しも逃れられない「死」の恐怖に直面する満雄に対して行った伊良部の診療とは?

― 『空中ブランコ』公式サイトより引用 ―




今話ですが、、、公式サイトには「パニック障害」と記載されていましたが…放送されたアニメでは症状記載に「パニック症(パニック発作)」となっていましたね。。。けれど、後半部分では伊良部医師の口から「パニック障害」というセリフが…。確かに「パニック障害」の症状の一つとして「パニック症(パニック発作)」を併発しますが、ソレだけでは「パニック障害」とは言いません。。。今話の描き方だと…明らかに「パニック障害」では無いです。おいらは、今話の患者である田辺満雄の症状を強迫性障害から来るパニック発作としてしか捉える事が出来ませんでした。。。アニメでは発症から一週間(伊良部医師の診療期間を含む)で完治していましたが…強迫性障害(パニック発作)はそんな甘いモノではありません。前回でも言いましたが、このアニメは、中村監督及びノイタミナ制作陣たちは、病理(精神疾患)に対する解釈に多々誤りがある様に感じられる おいらであります。その事から このアニメ『空中ブランコ』は、病理(精神疾患)を恐ろしく安易いに扱っているとても危険なアニメだとも感じる おいらです。

あと今話は、読売新聞社の会長 渡邉恒雄さんをモデルとするキャラクター 田辺満雄を扱い、渡邉恒雄さんを讃歌すると見せかけて、暗に引退しろ(老兵は去れ)というド直球なメッセージが込められていた様ですが…そんな事を描いて何が面白いのでしょうね。愚鈍なおいらには、今話の内容がよく理解出来ませんでした。。。





ランキング参加中
にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ


コメント

Re: アニメ 『空中ブランコ』 第10話 レビュー

はじめまして。空中ブランコの検索でやって参りました。
自分はこれまで「空中ブランコ」というアニメに対してただ単に「面白い」と感じていましたが、
ここでの批判的な意見を見て、正直自分の了見の狭さに気付きました・・・と同時に、参考になりました。

ですが、例えば「テガミバチ」などのレビューでは本編について細かく書かれているのに、どうもこのアニメに対しては
ちょっと偏見があるような、あるいは抽象的すぎるような書き方になっている気がします。
不味いところだけ引っ張り出して、美味しいところは隠してしまっている感じがするのです。
そもそも人のレビューにケチを付けるということ自体が間違っていますが、気になったもので書かせていただきました。
勝手なことばかり言って申し訳ありません。

ちなみに当方は「空中ブランコ」も「テガミバチ」も毎週大変楽しみにしています。

Re: アニメ 『空中ブランコ』 第10話 レビュー

ネタバレ…

えっと…実はこの空中ブランコ登場人物の全員が病気を完治させている訳ではないのです。
というか完治させていない患者のほうが多いです。でも最終的にその病気から新たな解決策を見出したり別の利点を見つけ出したりしてエンド というお話が多いです
今回の「オーナー」を例に挙げてみると最後まで病気が完治した描写はありませんがオーナーがその職を辞する事で新たな生きる希望というものを見つけ出したのです

確かに実際の人物を皮肉ることには僕も反対なんですけれども現代のマスコミへの批判など納得できる皮肉も混ぜ込んであったなと感じました
本当に賛否両論パッカリ分かれるアニメですが1話からみてる僕はとても好きです!伏線とか毎回変わるEDとかも楽しみですし…最終回期待しています

通りすがりさんへ

はじめまして、通りすがりさん。コメントありがとうございます。

通りすがりさんの仰る様に、アニメ『空中ブランコ』に対するおいらのレビュー、最初は懐疑的だったモノが話数を重ねるにつれ批判的になって来ているのは事実です。ですが、偏見などは持っていないですよ。毎話観た雑感を素直に綴っていますので。

それから本編(ストーリー)について雑感をさほど綴っていないのは、私的にストーリーに共感出来ない部分が多いからなんです。中村監督及びノイタミナ制作陣の病理(精神疾患)をトレンドの発信源とするスタンス…「我々は精神という題材を使い、斬新かつトレンディなアニメを制作する事ができるのですよ」と、言わんばかりの装飾のみに特化した演出、脚本、もっと言えば中村監督たちのアニメ『空中ブランコ』に対する姿勢にウンザリしているというのが本音なんです。

アニメ『空中ブランコ』、私的には、傑作アニメだと感じている「化猫」を制作したスタッフさんたちの作品なので、トレンドの発信以外にも、作品表現として、きっと共感出来る何かがあるに違いないと思い、今まで見続けているのですが…10話が終了した時点では、おいらの懐疑の念が払拭される事はありませんでした。最終話で、この懐疑の念が払拭出来れば良いなと思っているのですが…。

じょじょ さんへ

はじめまして、じょじょさん。コメントありがとうございます。

丁寧な解説ありがとうございました。確かにじょじょさんの仰る様な解釈も出来ますよね。おいらは、じょじょさんとは真逆の解釈をしておりました…

今話「オーナー」を例にとりますと、完治した描写は確かにありませんが、心的ストレスが見事に払拭される描写(青年から壮年へと姿を顕わにするシーン)があり、それを おいらなどはミラクルドクター伊良部医師の診療終了及び病理の完治として認識していました。そして病理を克服したオーナーは、何事もなかったかの用に清々しく明日に向かって歩みだす。。。たった一週間という期間で大した葛藤もなく…人はあれほど簡単に歩き出せるのだろうか…ちょっと刹那過ぎで、、、安易過ぎるのでは…と、おいらなどは解釈しておりました。

それから、中村監督及びノイタミナ制作陣はどういう意図で、アニメ『空中ブランコ』に渡邉恒雄さんをモデルとしたキャラクターを出し、いわば同業(マスメディア)のマスコミを卑下する様なエピソードを描いたのか…おいらには、よく理解出来ないのです。

私見を言えば、アニメーションをトレンドとして捉えている中村監督及びノイタミナ制作陣と、報道をトレンドとして捉えているマスコミ…どちらも自分たちがマスメディアの最先端であろうとする姿勢に変わりはなく…今話のエピソードは、中村監督たちにしてみれば、マスコミに対して思うところが多々あったかもしれませんが…おいらなどには、ただの同族嫌悪として「オーナー」というエピソードは描かれている、、、としか捉える事が出来ませんでした。。。

ですが、じょじょさんの解釈の様に、おいらもアニメ『空中ブランコ』を解釈出来れば、この作品に対する懐疑の念も払拭出来るのかもしれませんね。

最終話、おいらは もっと心を柔軟にして観てみようと思います。

Re: アニメ 『空中ブランコ』 第10話 レビュー

こんにちは。

「オーナー」の場合は完治していると思います。なぜなら辞任発表時の記者会見でフラッシュを浴び続けても
ナベマンの顔色の変化がなく、またホームランボールをキャッチしようとした場面でも光に驚くことは無かったですし。

思うにこのアニメ、精神病の症状や快方そのものが主題じゃなくて、個々のキャラクターの人間関係、
仕事などへの向き合い方や考え方が強調されているのではないでしょうか。原作の方でもそうでしたが、
完治したかどうかだとかにはあまり焦点があたっていないように感じます。

今回の話ではナベマンの「野球に対する思い出」、「時代に対する考え方」を全面的に強調しようとしていたのではないかと個人的に思っています。

ですがこのアニメ自身、「モノノ怪」みたいに内容をもうちょっと緻密にして1エピソードを2~3話ぐらいにした方が、わかりやすくスムーズに話が進むのではないかと思います・・・

渡邉恒雄さんをモデルにしたことに関してはやはり貶している感じがして嫌ですね。
最後の記者たちが押しかけるシーンも皮肉に思えてきます。

あ さんへ

はじめまして、あ さん。コメントありがとうございます。

おいら原作は未読なので、原作と照らし合わせる事は出来ないのですが、あ さんの仰る様に、アニメ『空中ブランコ』は、病理(精神疾患)について焦点が当てられていないと、おいらも薄々ですが感じていました。そして、あ さんの仰る様に、ヒューマンドラマとして焦点が当てられているのでは…とも。

今話だと、あ さんが仰っている様に、「野球に対する思い出」、「時代に対する考え方」を全面的に強調していた様に、おいらも思います。

おいらが懐疑的になる大きな理由の一つに、そう言った「野球に対する思い出」、「時代に対する考え方」等のヒューマンドラマの題材に精神(ここでは精神疾患という病理)という極めて繊細なモノを選んだのにも関わらず、その題材を存外に扱っているからなんです。今までのアニメ『空中ブランコ』を観ていると、精神という題材でなくても表現出来るヒューマンドラマばかりだと、おいら等は感じております。だからこそアニメ『空中ブランコ』のスタッフさんたちは精神というモノを単なるギミックとしてしか活用していない…主題どころか副題としても精神を扱っていないのではと、懐疑的になっています。端的に言えば、精神を題材している事に意味を成していないアニメーションだと感じています。

映画になりますが、精神という題材をしっかりと扱っている作品として、私的に例えを上げますと「カッコーの巣の上で」、「17歳のカルテ」などがあり、両作品とも精神という題材でなければ描けない、精神という題材だからこそ描けたヒューマンドラマ(表現)となっています。これらの作品を知っている おいらはどうしてもアニメ『空中ブランコ』に懐疑の念を抱いてしまい、未だその懐疑の念を払拭出来ずにいるんです。

あ さんの仰る様に アニメ『空中ブランコ』は内容を緻密にするべき作品だと、おいらも強く思います。最終話、、、一体どうなるのでしょうね。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://sabukarusyoxtuku.blog73.fc2.com/tb.php/220-b01ee1ae

空中ブランコ 第10話「オーナー」

「この国を何とかしたいんです、まだ未熟なこの国を」 田辺@置鮎さんの登場…! 今回の症状はパニック障害!     【第10話 あらすじ】 ...
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。