04 | 2017/05 | 06

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戦国絢爛チョコ ~覇王降臨編~ その七 

前回で1BOX目にてゲットしたカードを全てご披露する事が出来ました☆ それで、今回からは2BOX目でゲットした新規の武将カードをご披露させて頂きます♪(@^▽^@)♪


本日、最初の武将カードは…


シークレット 上杉謙信

◆ No.S05 『 上杉 謙信 』
☆★シークレットカード☆★ 絵師:和月 伸宏
◆ パーソナルデーター 【知力/8 武力/10 政治力/6 魅力/10 運/6】
◆ 総合力/4,100


シークレットの『 上杉 謙信 』です♪♪♪

『 武田 信玄 』のシークレットカードがあるならば…
謙信のシークレットカードもあるのかな? と、
思っていましたら、やっぱりありましたヽ(*^▽^*)ノ♪

しかもイラストを描いているのは、
シークレットの信玄と同じく和月さんです。

和月さんの描く、謙信は信玄同様にカッコ良いです☆




生涯で70回もの戦に臨み、敗戦は僅か2回とされ、「越後の龍」・「軍神」等と評される程の戦上手だった『 上杉 謙信 』。特に野戦に関する戦術は、最大のライバルであった、あの『 武田 信玄 』さえも圧倒していたと言われています。信玄は、第4次川中島の戦いにて地理的に絶対優位だったにも関わらず、謙信と互角に戦うのがやっとであったと言われています。…この戦いで信玄は、有能な副将であり弟でもある『 武田 信繁 』、そして『 諸角 虎定 』、『 山本 勘助 』などの重臣を失っています。一方、謙信の方は重臣に関しては一人の戦死者も出しておりません。何故それ程に、謙信率いる軍勢は強かったのか? 類稀なる戦術は当然の事ながら、それに加え毘沙門天を信仰し、自らを その化身と称し、敵に臆する事なく戦場を疾駆する謙信。その剛毅さに魅せられた家臣団たちは、謙信を心から信奉し、毘沙門天の配下である夜叉や羅刹の如く戦ったのではないでしょうか。信仰と信奉の相乗効果が齎(もたら)した戦意。それが謙信率いる軍勢の強さの一因だったのではないだろうか…等と、おいらは考えています((((○*>∀<*)○"

野戦時での謙信率いる軍勢の強さは本当に尋常ではなく、『 北条 氏康 』をはじめとする名立たる武将たちが、謙信との戦では野戦を避け、籠城による持久戦という戦法を取っています。関東八ヶ国の兵乱を平定した氏康ほどの名将が、謙信との直接対決を避けている事からも、『 上杉 謙信 』は戦国屈指の戦術家にして武将であった事が伺えます☆☆☆






それでは、お次の武将カードです!


前田利家

◆ No.008 『 前田 利家 』
☆ノーマルカード☆ 絵師:日野 慎之助
◆ パーソナルデーター 【知力/7 武力/8 政治力/6 魅力/8 運/6】
◆ 総合力/3,550


手に持つ獲物は朱槍でしょうか。
日野さんは傾奇者の利家をイメージして、
イラストを描かれたのでしょうかね(^-^)




『 前田 利家 』と言えば「槍の又左」の異名を持つ槍の名手で、『 織田 信長 』の小姓として、赤母衣衆(母衣(ほろ)とは、大名の精鋭部隊などに着用が許された軍装)として仕え、信長の死後は、秀吉に降り、豊臣政権下で五大老の一人となった武将です。この利家ですが相当な傾奇者だったらしく、若い頃は女性物の服装を好んで着たり、赤鞘の太刀を腰に下げ、朱槍を携えては、往来で暴れまくっていたという事です。それから、利家の身長は180cm程で、容姿端麗な武将であったそうです。戦国時代の男性の平均身長が155cm位だった事を考えると…相当に長身だった利家。その背の高さに容姿端麗が相まって傾奇者時代の利家は、信長が衆道の相手に選ぶ程、とても見栄えの良い武将だったのでしょうね。







本日最後となる武将カードは…


森蘭丸

◆ No.018 『 森 蘭丸 』
☆ノーマルカード☆ 絵師:日野 慎之助
◆ パーソナルデーター 【知力/6 武力/3 政治力/4 魅力/7 運/4】
◆ 総合力/2,650


『 森 蘭丸 』です。

日野さん描く蘭丸は、信長の寵愛を受けた小姓として、
容姿端麗な美青年に描かれている感じがしますね。




『 織田 信長 』に小姓として使え、信長と衆道の関係を結ぶ程の寵愛を受けていたと言われる『 森 蘭丸 』ですが…実は、信長との衆道関係については、江戸時代に 大名 森家のプロパガンダの為に創作されたモノである可能性が高いとされています。『 森 蘭丸 』は諸事奉行、加判奉行などを努めており、有能な文官であった事は確かな様ですが…信長の近習として仕えた期間が約2年しかなく、本能寺の変で戦死するまでの間に、信長から大きな事業の責任者として抜擢もされていない事から、実際には 蘭丸と信長は、一般に広く浸透している様な衆道関係とはならず、蘭丸は信長の寵愛を受けるまでには至らなかったのかもしれません。

ちなみに衆道とは、端的に言えば 男性による同性愛の形態の一種です。その起源は、平安時代にまで遡り、公家や僧侶の間で始まったモノが、やがて武士の間でも行われる様になったとの事です。戦国時代に於ける衆道は、主君と家臣の繋がり(主従関係)をよりいっそう深める為に行われており、武家の風習となっていた様です。事実、『 織田 信長 』と『 前田 利家 』、『 武田 信玄 』と『 高坂 昌信 』などの衆道関係は記録として残されています。信玄などは、昌信に対して 恋文や他の小姓に浮気した事への詫び状を送っており、その書状が、今も現存しているそうです。信玄の恋文に詫び状…ちょっと読んでみたい気もする野次馬気質な おいらであります(~ヘ~;)








ではでは、本日の『戦国絢爛チョコ ~覇王降臨編~』その七は、これにて幕引きとさせて頂きます(〃^∇^)o彡☆





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